原動力

いよいよ買い場が到来か?
原動力

堕落した人がたどり着く終着点のように見えました。

From: 中原良太
横浜の工場より、、、

7年前。僕が大学1年になった夏。
ちょうど今、この季節のこと。

僕は、とある工場でアルバイトをしていました。

働く時間は夜21時から翌朝8時まで。
工場では、延々と肉体労働をしました。

時給は1100円。
当時、何も仕事を経験してない僕にとっては、
良い時給の仕事でした。

当時はまだ、株はやってませんでした。

僕の頭の中には漠然と、
「若いうちにいっぱい働いて、稼げる人間になろう!」
というモチベーションがありました。

今思えば、このアルバイトを起点に、僕の人生は大きく変わったような気がします。

 

2週間の工場生活

僕が工場でやった仕事は、多岐に渡りました。

浴槽をひたすら洗う仕事
おはぎをひたすら容器に詰める仕事
お米をひたすら巨大な炊飯器に入れる仕事
ご飯をひたすらかき混ぜる仕事

どれも、肉体的にキツい仕事です。
この労働を、深夜の8時間、ひたすら続けました。

仕事が終わった後は、全身がダルい。
家に帰ってからも、何もする気が起こらず、
ベッドで眠るだけでした。

昼はベッドで眠り、
夜は工場で肉体労働。

こんな生活を、ひたすら続けました。

生活サイクルも昼夜逆転なので、
日光を浴びることもありません。

不思議なもんで、日光を浴びないと、
だんだんと心が鬱々としてくるんです。

1日を「生きている」という感覚は、
全くありませんでした。

その代わりに、
1日を「換金している」という感覚がありました。

大学1年生。
18歳の夏。

若い青春の日々が、
ただひたすら、お金に変わっていく。

知識も、スキルも、何も得られません。
ただ、時間がお金に変わっていくだけでした。

仕事にやりがいはありませんでした。
頼れる仲間も居ませんでした。
もちろん、会話もない。

ただ、流れてきたおはぎを、パックに詰めたり、
お米を巨大な炊飯器に入れるだけ。

まるで地獄に居るような気分でした。

 

生気の無い労働者達

労働時間の中には、1時間半だけ、休憩時間がありました。その時間中に、食事をとったり、休養したりしました。

工場のなかには、休憩室もあります。
畳張りの部屋に、新聞や漫画が置いてある部屋でした。

普通、休憩と言えば、

仲間達と談笑したり、
美味しいランチを食べに外に出かけたり、
気になるあの子とメッセージを送り合ったり、

そんな時間であるべきだと思うのです。

実際、他の職場ではそうでしたし、
休憩だけでも、凄く楽しい時間を過ごせたと思います。

でも、この工場は違いました。

深夜なので、連絡を取れる相手も居ません。

休憩室には、会話一つありませんでした。
そこに居たのは、極限まで疲れ切ったおっさん達。

畳張りの休憩室も、現実逃避をしたいのか、眠っている人しか居ませんでした。

休憩時間が終わると、

「よし、頑張るぞ!」という言葉の代わりに、
「はぁ、また始まる…」というため息がこぼれました。

楽しい時間を過ごした記憶は、これっぽっちもありませんでした。

 

日々キツくなっていく仕事

工場で働いていると、日々、課される仕事が重くなってきました。

はじめは、涼しい部屋で、おはぎのパック詰めをしていたのが、

暫くすると、
徐々に暑い部屋に移され、労働環境が過酷になっていきました。

おはぎ詰めが、
5kgの米を機械に入れる作業に代わり。

それから暫くすると、その作業から、
熱湯の中に入った米を混ぜる作業に代わり。

時給は変わらないのですが、仕事内容は次々に過酷になっていきました。

なんにせよ、やり口が汚い。
「徐々に暑い部屋に移動させられる」という手口には、怒りとともに、恐怖を覚えました。

 

卒倒

僕がアルバイトを始めてから2週間後。
事件が起こりました。

一緒にアルバイトをしていた友人が、
仕事中に卒倒したのです。

原因は、過労のようでした。
たったの2週間で、過労ってなんやねん!(´Д` )

僕は友人を介抱し、
そのまま工場に「辞めさせていただきます」と、
一言だけ告げました。

 

友人を見て感じたこと。

友人を介抱している間、僕は考えました。

「この工場は、明らかにおかしい!」
「もう2度と、こんな所で働くものか!」

「たくさん勉強して、仕事の出来る人間になってやる!」
「会社に頼らずに、収益を出せる人間にならなきゃ!」

こんなことを、グルグル、グルグルと。
繰り返し考えていました。

あの工場は、堕落した人がたどり着く終着点のように見えました。

仕事ができない。
考える力がない。
知識がない。

こんなタイプの人は、流れ流れて、あの工場みたいな所にたどり着くのだと思いました。

こうなってしまったら、本当にヤバい。

今回は2週間で辞めて、辞表を叩きつけてきましたが…。
これはあくまで「他に稼ぎ口があるから」取れた選択です。

稼ぎ口が無くなってしまったら、嫌でもあそこで働くことなるのです。

 

パソコン一つで利益を出す

それから、僕は、2つのことに興味を持つようになりました。

1つ目は「起業」です。自分でお金を稼げるようになれば、世界がどう変わっても、生きていけるような気がしたのです。そう考えると、凄く安全な選択肢のように見えました。

まぁ、ときには馬鹿げたことをして、大損したりもしましたが…笑

2つ目は「投資」です。これも、自分でお金を稼ぐ力の一つだと思いました。若い今のうちにスキルを身につけておけば、一生使えると思いました。難しいでしょうが、でも、長い時間かけて学ぶには、これほどやり甲斐のあるものは無いような気がしました。

これまで何度も大金を吹き飛ばしましたが、まぁ、勉強だと思えば、良いかなぁと思っています。

 

自分の拠り所

投資では、損することもあります。
利益が出ることもあります。

将来のことは分からないので、
凄く不安定です。

でも、、、

「いざとなったら、他に稼ぐ方法がある」
と思えるのが大事だと思ったのです。

仮に、こんなスキルを身につければ、
物凄い武器になると思ったのです。

この日を境に、僕は起業系や投資系の本を読み漁るようになりました。

 

なぜ、投資をするのか?

これが、僕が株を始めた経緯です。
ちょっと、無駄話が過ぎましたね笑

こんな経験をしたので、、、

ぼくの考え方の根幹には
「損をしても、学べれば良い」
「投資とは一生忘れかけて学ぶものだ」
「最終的には、株をしていた方が安全だ」

という、偏った考えがあります笑

「お金を稼ぎたい」という欲よりも、
「稼げない人間になりたくない」という恐怖が、
原動力になっていますね。

恐怖がモチベーションになっているので、
「やめるのが怖い」とさえ、思っています笑

だから、これまでずっと、
勉強し続けてこれたのかもしれません。

一生勉強…なんですよね(遠い目)

これが、僕が株式投資を始めたきっかけです。
ちなみに、あなたはどうして株を始めたんですか?

– 中原良太

 

PS

着実に利益を出すためには、6つのポイントを意識するのが良いと思います。その全てが、この本にまとまっていますよ。

http://goo.gl/s6kHkc